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あえて損をする

≪人を想う≫

おかげさまで所得が増えたからなのですが、年金の額が減額されるという手続きをしていて、ふと、次のようなことを考えました。

あえて損をする

人は誰でも得をしたいと思うものです。
だから「あえて損をする」というと、バカではないかと言われるだけですよね。

ただ自分が損をするということは、誰かが得をするということになるかもしれません。
「小さな損が将来大きな得となるかもしれませんよ」と言われればどうでしょう。

どうやらこの世は、「得をしたい得をしたい」と思っていると損をするような仕組みになっているようです。

だから無欲な人ほど得をする。
(無知な人は損をする?)

この原理がわかってからは、あえて損をするような方法を選択するように心がけています。
というより言い聞かせているというべきか・・・。

「節税対策」で多少の税金が還付されて喜ぶより、「これだけの税金を納めることができるような会社に成長した」と喜ぶ方が、後になってみますと、「得」だけでなく「徳」も得ることができます。
そしてさらに「信頼」という利子がついてきます。

人との付き合いにしても、「どうして自分だけが・・・」と考えているうちはいつまでも損が付きまとってきます。

いろいろな情報を集め、損得を計算したうえで、つまり損をするとわかったうえで、「あえて損をする」ような手続きを現在しています。

ごまかそうと思えば、ごまかせるかもしれませんが、そんなことで利を得ても、心が満足できないからです。

私そっくりです

≪人を想う≫

妻の実家療養は、依然変わりなく続いています。
お盆の休みで24歳になる娘が東京から帰省、4日間ほど一緒に過ごしましたが、・・・娘は娘。
少しも成長していないように思ってしまう。
親だから、そう思いたいのでしょうね。

私そっくりです

具体的には言いませんが、自分が若いころ考えていたこと発想と同じような言動で、さすがに自分の娘だと思いました。
どうしても似てしまうのです。

変に自分に自信を持っていて、社会をわかった気持ちになっている。
生意気なんです。
まだ下っ端ということで、会社からも甘えさせてもらっているのですが、どうやら不満だけは一人前のようです。
給料は安いとか言っています。

若いころの自分がそうでした。
実は、自分に自信がないことの裏返しでした。
だから、娘には何も言えません。
言っても、親の言うなんて聞かないということも分かっています。
自分がそうでした。

反発ばかりしていました。
結局、甘えていたというのが後になってわかりました。

感謝という感情が、一番すごいのですがね。
それさえ大切にすれば、人生はうまくいくと言いたいのですが・・・。

今日の文章は何を言いたいのかわかりにくいと思いますが・・・。
娘が東京に戻り、また一人の生活が続きます。
さびしい気持ちです。

きっと晩年はいい日々だろう

≪人を想う≫

自分の仕事は零細企業の経営なのでしょうが、それって本当にしたいことだったのかななんて最近、考えていますが、人生って不思議ですね。
嫌というわけではなく、そうなりたいと思ったことなんてなかったのに・・・。

きっと晩年はいい日々だろう

思った通りに行かないことばかりだし、考えなくてもできてしまうこともあり、偶然なのか必然なのか。
どうしてこんな人生を送っているのでしょうね。

小さいときは何となく「政治家」になりたいと思いましたが、就職では損保会社を受けて失敗、そのころには普通の会社のサラリーマンになりたいと思いましたね。
地場の小さな家具製造メーカーに入り営業の仕事をするつもりが、転勤で東京へ。
いったい何をしたかったのでしょうね。

 将来の事なんて何も考えずに、生きていたようです。
その時に自分の人生を変える決断をしました。
「同じ苦労をするなら地元に戻りたい。」

会社を辞めて地元に戻り、たまたま住宅会社の営業として雇われました。
そして17年間、したいと思った仕事でもなかったのによく続いたと思います。
 世間体と収入のためでしたが、だんだんと何かがたまっていきました。
その時に、またまた自分の人生を変える決断をしました。

何回目でしょうか。
その後、転職を繰り返し先が全く見えなくなった時期を乗り越えて、思ってもみなかった仕事に就き、会社を立ち上げ、今何とか生きています。ありがたいものです。

何も考えなくても、それなりの道が用意されていたような感じです。
そして、これで終わりかなと思ったら、妻の病気。
またまた流れが荒くなって、またまた先が見えない日々。

まだまだ人生は続きます。

そして、本当に不思議ですし何の根拠もありませんが、「きっと晩年はいい日々だろう」と信じています。

韓国ドラマにハマる

≪人を想う≫

お盆の休みの間、することもないので自宅にこもり、「韓流ドラマ」の「火の女神ジョンイ」を見ていました。
とにかく長い。ドロドロとしていて、なぜかハマってしまいました。

韓国ドラマにハマる

それ以前は「トンイ」という韓国ドラマを観ていて、これはとにかくハン・ヒョジュとていう女優さんがきれい。
その映像を見ているだけで良い?

ニュースとか他の番組とかはほとんど見ずに、まるで別世界に隔離されているような時間、まともな食事もせず、ただ見続けるだけ。
確かに、いろいろなことを忘れられるので、そんな気持ちになったのでしょうが、自分の精神状態も、多少おかしかったようです。

ご先祖を大切にしたいという思いが強い私にとって、こんなお盆は初めてでした。
自宅での会食もなく、お墓参りもせずただ一人で、テレビを見続けているという自分の姿。

そのドラマに出てくる「戦国時代の倭人」が、「フジヤマ、ゲイシャ」のレベルでして、この程度の認識しかないのかと愕然。
悪人は徹底的に悪人なのです。
日本のドラマと比べると、突っ込みどころ満載なのですが、嫉妬とか復讐とか策略とか、とにかく満載で、おもしろかったのですが・・・。
終わってみると、「・・・もういいな」という感じでした。

で、何が言いたいかというと・・・。

「運が悪いときは何もしない」
流れが悪いときに、じたばたしたりすると余計に悪い流れになります。
思い切って、そんな時間を過ごしてみようと思ったのです。
何か川底から見つかるかもしれない。

・・・で、どうだったか。

・・・よくわかりませんね。

思いがけないことも起こる

≪人を想う≫

自分の気持ちが少し落ち着いてきたからでしょう。
何もしないお盆なんて、初めてなのかもしれません。

思いがけないことも起こる

今までは本家であるということで、15日に親族が集まりました。
父が亡くなり、母も高齢で施設から出られなくなり何もしなくなりました。

今度は娘が家族を作り帰省するまでの間、このような行事はないのでしょうね。
さびしい限りです。

昨日のちょっといい言葉の続きですが、「自分の人生に期待する」というのは、結局欲なのですね。
 人生は思いがけないことも起こるし、その流れを止めることもできないものであるし、すべてを受け入れるしかありません。
 そして、それを認めたうえで、日々努力する必要があります。

幸運というのは、こつこつと少しずつたまってある日突然人生が開けます。
何度も経験しました。

しかしそれを期待することは間違いです。
期待してはいけない。
つまり、実現することもありダメなこともある。

残酷なこともあり幸運なこともある。

自分の人生に期待するものではありませんね

≪人を想う≫

記事を書いているときに、文字間に勢いのあるなしを感じます。
気分が乗っているときに書いている文章は後で読んでもなかなか。
自分のこの記事は、はたしてどんな色に見えるのか。

自分の人生に期待するものではありませんね

いろいろなブログを読んでいると人柄が出るといいますが、自分の好き嫌いでどうしても見る記事は偏ってしまいます。
自己主張の強い記事にはいろいろな色がついています。
人を非難する文章は、一見して色が汚く見えます。

新聞という一見公平に見えるマスコミも、どうやらいろいろな色が付いていまして、朝日新聞などはよく批判されていますね。
 「驕り」が鼻につきます。

本当にすごいなと思うブログには、清らかな白色がイメージされます。

最近の自分の記事は、色が濁っていますね。
気の迷いが見えますね。
一本の柱が見えなくなっていますね。
たまには勢いのある文章を書きたいものです。

そこでちょっといい言葉。

自分の人生に期待するものではありませんね。

思い通りにいかないのは当たり前のことなのです。



さて、どんな色に見えますかね。

我慢して気長に待つ

≪人を想う≫

盆が近づくと、一連の行事があります。
今回は一人でお盆を迎えることになり、てんやわんやです。

我慢して気長に待つ

お坊さんが自宅にお経をあげに来ます。
お布施と門徒会費を支払わなければならないのですが、そんなことも妻に聞かないとわかりません。
 この程度のことで大変だと思っている。

 シバを買ってお墓詣りに行き、お墓掃除をしましたが、そのことも妻にいちいち聞いていまして、いかに家のことを妻に任せていたかを痛感しました。

 母には今回は「お盆の行事」は無理だと伝えました。
一人さびしく迎えます。

ご先祖様に対する気持ちは以前から強く、それが私の人生で重要な場面で助けてくれたと思っています。
今回も、ご先祖様は助けてくれると信じているのですが・・・。

妻が「強迫性障害」になり、実家で療養してから2か月が経ちました。
少しづつ症状が改善しつつあるような気がしますが、「まだ病気である」というのも事実です。
会話の途中で感じることは、まだまだと言うことです。そして、このものすごく暑い日日も必ず涼しくなります。
我慢して気長に待つしかありません。

ところで、何もせずに時が過ぎていくのはなかなか辛いものです。
いつもなら次から次にすべきことがわいてくるのですが、最近は気力の衰えを感じます。

必然的にブログが衰えていきます。

まだまだ・・・

戦後70年談話

 ≪人を想う≫

昨日は70年前、非人道的な原子爆弾が投下され、戦争の悲惨さと非合理さを痛感させられる日でした。そして、9日は長崎の日。
 非戦闘員である一般国民に対する攻撃、アメリカは悪魔のような人体実験を行ったのです。
そして、そのアメリカの核の傘に護られていたから70年間平和な日々を過ごしてこれたという矛盾。
 いろいろと考えさせられます。

今日は時事の話題、久しぶりです。

戦後70年談話

現実は、「抑止力」に護られているという平和の危うさ。
認めざるを得ません。

事実を現在の価値観で判断すれば、当時の韓国を韓国は「植民地支配」をしていましたし、中国には「侵略」しました。
西欧列強諸国と覇権を争い、「民族自決・アジアの解放のため」という名目で、東南アジア諸国で戦いました。
 「痛烈な反省」が必要です。

そして、いつまでお詫びし続けなければいけないのでしょう。
これまでもお詫びしてきました。
 人間でいえば、おじいちゃんがした過ちを、孫が謝り続けています。

韓国は1000年経っても許さないと言っています。
政治問題化し、外交カードとして使っているといわれてもしょうがないと思います。
日本はアメリカに対して謝罪を要求し続けているということはありませんね。
東洋人に対する差別意識。
米国が日本を民主化へ導いたこと、そして経済発展を支援したことで、かつての敵との同盟関係が成立しました。

韓国政府が歴史認識問題において「ゴールポスト」を動かしてきた経緯・・・
この表現などは、よくぞ思い切って踏み込んだものだと感心しました。

「戦後70年談話」に関する報告書をじっくり読んでの感想でした。