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なんとなく続いています

≪人を想う≫

気が付くと数日ごとにこのブログをアップしている自分。
今まで長年続けてきた習慣がまだ残っているということなのでしょう。

なんとなく続いています

「今蘇る幣立神宮」というコンセプトがぐだぐたになってからもそのまま続いていたこのブログ、最近は個人の感想や愚痴を言うだけの記事ばかりに成り下がっていまして、当初の高尚な目的「自己の霊的成長」というのもどこにいったのやら・・・。
エラそうに述べていた私も大した人間ではありませんでした。

いつ辞めてもいいのですが、なんとなく続いています。

スピリチュアル系のブログのはずなのですが、年を取ったせいでしょうか、霊的なアンテナが全く鈍ってしまいました。
 興味が薄れたというのが本音でしょうか。
逆に、必要がなくなりました。

 平凡な日々のありがたさをおもうと、霊的なことにとらわれるということが逆にデメリットに感じてしまうからです。

 仏教でいう「空」の心境に近づいたような気もするし、どんなに修行してもいまだに煩悩に苦しめられているという現実は、死ぬまでむなしさを感じるものなのか。

 妻の病気は、私にとって衝撃的な出来事でした。
 信じていた流れが、とん挫したというか立ち止まったというか、一気に先が見えなくなってしまいました。
これも必然の流れなのでしょうか。

まさに「自己の霊的成長」のために与えられた試練なのか。

いろいろと考えても、・・・わかりません。

わからないことは考えない。

 元の流れに戻ることを信じて、今は我慢するしかありませんね。

不純な動機で

 ≪人を想う≫

不安定なりに日々の生活がつづいているというのは不思議です。
人間ってそれなりの適応力があるということなのでしょう。
妻のために私ができることはないか。

不純な動機で

精神保健福祉士という資格があることを知りました。
精神障害者の社会復帰への相談援助を行う国家資格だそうで、妻の病気を治すためにこの分野の勉強をしようかと思い立ちました。
しかし、公的な国家資格ですからとにかくハードルが高い。
最低2年はかかるようで、年齢的なハンデもあります。

しかし何かをしていないと一人の寂しさに耐えられないという事情もあります。
今年度の募集には間に合わず来年の四月がスタートらしいので、それまでモチベーションが続くかという問題があります。
受講料も結構かかります。
本気にならないと・・・。

パンフレットを見ながら唸っています。

さて今日の本題ですが、他利主義というのは、「誰かのために・・・」という考え方ですが、「そのことで自分の喜びを得たいという利己でもある」という考え方もあります。

妻の病気で、本当に困っています。
困っている自分のために、妻の病気を直したいというのが動機です。
結局、自分の喜びのために頑張るというのがより正直なのかもしれませんね。

この知識と技術を得ることができたら、妻だけではなく他の人のために役に立つかもしれないし、それが自分のキャリアとなり「儲かるかもしれない」という程度の不純な動機で資格を取るための勉強を始めたいと思いました。
 
自分のアンテナが反応したのですから、途中で挫折するかもしれませんが

とりあえず頑張ってみようと思います。

 その受験ノートをブログに書くと、受験勉強マニュアルになるかもしれませんね。
すると、ビジネスになるかも・・・と言うことで、会社が受験費用出してくれないかな。

・・・なんてね。

今調べています

≪人を想う≫

妻が苦しんでいる「強迫性障害」という病気については、いろいろと調べているのですが専門医も少ないようです。
現在の治療も、抗うつ薬をもらって飲んでいるだけで、症状もなかなか改善していないようで、このまま薬をももらうためだけに医院に通ってていいのか。

今調べています

先日実家で療養している妻との電話で、このことが話題になりました。
本屋で探して、何冊か見つけ、妻が読んでいますが、とにかく心の病ですから時間がかかるようです。

 「今の気持ちとかを、手記として書いておくといいよ。同じ病を持った人のためにも、この体験をブログかなんかで発表するといいかもしれない。」

客観的に自分を見つめるためにも、症状の改善のためにも役に立つかもしれないと感じました。
 私自身も手記を書いていましたし、それを発表することで同じような病に苦しんでいる人からアドバイスをもらえるかもしれないし、これはちょっといいアイデアだと思います。
 
とにかく何かをしていないと、今の現状を乗り越えないと・・・。

専門的な情報について、今調べています。
ただ、専門家ではないのだから、それよりも出来事をそのまま述べたほうが良いかもしれませんね。

・・・別のブログ立ち上げたが良いかな?

すこし、ショックから立ち直りつつあるようです。

眠れない夜

 ≪人を想う≫

自宅に戻り、朝干していた洗濯物をとりこんで片付けている時、なぜか涙がこぼれていました。
 一人で生活するということがこれほどさびしいものだとは・・・。
妻の回復を祈りじっと耐えるしかない時間が続いています。

眠れない夜

妻が発病してから三か月、実家での療養が始まって一か月が経ちました。
夜電話で15分程度話しています。
別に話題もないのですが、それだけが癒しとなっています。

妻の声は少しですが元気になっていて、食事も少しは食べるようになり体重も3キロほど戻ったようです。少し安心しましたが、今考えると、心も体も憔悴しきっていたのだと思います。
四月の初め、妻がカミングアウト。
その後手洗いが止らなくなり、家事が全くできなくなり、私に触ることもできなくなりました。それが始まりでした。
その頃の日々の出来事は詳しく手記に書きました。
自分と冷静に向きあうためでした。
落ち着いてこのブログが復活することができたら、まとめてみようと思います。

眠れない夜、4時ごろからごろごろして、五時にはすっかり目が覚め、仕方がないのでパソコンの前で何かを書こうと思いましたが何も出てきません。
何を考えているということでもなくて目が覚めてしまう。

無意識に心が緊張しているのか落ち着いていないのか?
自分と向き合うと簡単に言いますが、その自分が何を考えているのかが解らない。
気がつかないのです。

そして答えの出ない問いかけだけを繰り返している。
「これからどうすればよいのだろうか。どう生きていけば・・・」
この年になってまさかの出来事で、心がなかなか対応できていないということでしょう。

徳川家康ではないですが、人生って死ぬまで重い荷物をしょって坂道を上っていくようなものですね。
 なかなか楽にはならない。

気を紛らすためにぼんやりとネツトの記事を眺めて、少し疲れるのを待ちそしてまた少し寝ようと思いました。

自分の生活の方が大切

≪人を想う≫

今日から7月ですが、状況に変化はなくただ日常の日々だけが過ぎていくという感覚。
相変わらずの生活です。
今日は、最近の時事の話題に対する感想。
気分転換も大切ですからね。

自分の生活の方が大切

考えられない新幹線での焼身自殺というテロ。
こんなニュースを見た人が、「こんな方法もあるのか」と思うことが心配ですね。
真似するバカが出てくることが心配です。

今回の自爆テロのようなやり方は防ぎ方が難しい。
今回のニュースを知った時の私の感想です。

次から次にいろいろな事件は起こり、テレビは垂れ流しですから、情報に麻痺してしまうこの頃です。
 
 国会の論争もすっかり低調になり、議員のマスコミに対する本音発言もネタとしては小さい小さい。
本質的な議論ができないのは、いつもの日本の国会の風景ですね。
民主党も自民党を責めるネタがないのでしょう。

私の意見としては、安保法制が通ると、当分憲法改正論議が低調になってしまうなという感想です。
 仮想敵国である中国の動向。
この論議をすることで、尖閣諸島にちょっかい出すことが少なくなっている現状ですから、それなりの効果はあっているのかもしれません。
 危機が高まると法律が通り易くなりますからね。

南沙諸島での衝突は現実味が出てきました。
軍事基地の建設も予定しているようですから、どの段階でアメリカが動くか。
その時には、日本も?

箱根山で噴火警戒レベルが3(入山規制)に引き上げられましたが、観光業者は大変ですね。
 どんなに安全と言っても、天変地異は防げません。
先が見えない不安感、受け入れるしかありません。

口永良部島の噴火から一か月、帰島のめどは立ちませんが、20歳のころ1週間ほど滞在したことがあります。
 その時の思い出がよみがえりました。

 テレビのボンビーガールのコーナーで甑島が取り上げられていますが、20代のころ7年間毎年訪れていました。
 懐かしく、おもしろく見ています。

こんなところか。
妻がいない一人の生活、こんなことでも考えながら気を紛らわしています。

無責任。
もし私が公人だったら、失言ということで非難ごうごう。

私にとっては、いろいろなニュースよりも自分の生活の方が大切ですから・・・。

幸せ度は6点

≪人を想う≫

レベルの問題はともかく、なでしこの勝負強さはすごいものです。
ベスト4は、当然の結果だと思います。
よかったよかった。
 サッカー好きの私としては、女子の試合は物足りなく、あまり熱心に見てなかったのですが、気持ちとかの熱さには感動を覚えます。

幸せ度は6点

生活の方は相変わらずの日々が続いていますが、慣れと言うのは大したもので、今は一週間に一度妻を医院に送り迎えするときに、いろいろと雑談し、診察後実家に送り届ける途中でコーヒーを飲んだりする時間が、唯一の楽しみです。

昨日のNHKのテータナビという番組で、ビッグデータの活用の話がありました。
あなたはいまどの程度幸せ?「とても幸せ」を「10」、「とても不幸」を「0」とすると、あなたはいくつ?という質問でした。

 私の場合を考えてみました。
 妻が強迫性障害という心の病にかかり、実家に戻り一人の生活が一か月ほど続いている。

金銭的な苦しみもなく「幸せ度」から言えば、10点満点の6点でしょうか。
妻が、今まで通りの生活ができていれば10点ですがね。

まだまだ恵まれていると感謝しています。
だって、満点の生活が続くはずがないのであって、5点以上の生活ができていれば、それでよしと思わなければいけないと考えます。

そう考えると、仕事が無くなり将来の不安ばかりで過ごしていた40代でも、点数をつければ5点でしょうか。
 確かにその時は絶望的な生活だったのかもしれませんが振り返ってみると、まだまだ恵まれていた人生だったと感謝しています。

つまり、物事は考えようということですね。

祈るような日々が続いて

 ≪人を想う≫

先週の金曜日、確かに夜早く眠くなり10時ごろに寝ましたが、目が覚めたのが夜中の三時、さすがに悶々として寝れず、四時に起きました。
その日から、リズムが狂ってしまったのでしょうか。

祈るような日々が続いて

やはり妻がいないというストレスのせいなのか、いろいろと考えてしまいます。
 パソコンで何気なくネットサーフィン。
いろいろな情報が目につきますが、何も興味がわかない。

そこで思い立ち、風呂の掃除、カビ取りを始めました。
以前から気になっていて、前日掃除用具を買って来て、準備をしていました。
考えてみると、夜中になんておかしなことをしているのでしょう。

そして、風呂の天井の端っこの部分がよく取れなくて諦め、疲れたのでまた布団へ。
1時間ほど布団に横になりましたが、寝むれません。
モンモンが続きます。
一体どうしたのでしょう。

7時に起きて朝食、洗濯をして今度はトイレの修理。
水漏れしていました。
結果、月曜日に修理を頼みました。

離れに、トイレがあるのでとりあえず困りませんがなにかしないといけないという感覚。今日の私は少し変です。
気になりだすとその事ばかりを考えるようになり、忙しく動き回ります。

強迫性障害になった妻が気分転換のため実家に戻り二週間が経ちました。
その環境の変化に心がついていけないようで、情緒不安定なのかもしれません。

その日から朝早く目が覚める日々が始まりました。
今朝は、四時に目が覚め五時に起床、庭の草取りを昨日の朝早くしていて、今日は除草剤をまきました。

朝食後、出社前に思い立ってお墓へ草取りに。
何かをしていないと、時間が過ぎません。

 「そういえば、以前マンションの販売をしていた会社が倒産しかけていたころ、毎朝四時に起きてパソコンに向かって文章を書いていたな」ということを思い出しました。

祈るような日々が続いています。

孤独には効用もある

 ≪人を想う≫

日常生活に変わりはなく、現状も不安定ですが、それなりに生活しているだけでもありがたいと思っています。
 たまには個人的な愚痴ではなくて、「前向きでちょっと面白い話題を」と思うのですが、最近のひきこもり状態では、いろいろな出会いもありません。

孤独には効用もある

 最近のテレビも面白いものがないなと思っていまして、めっきり見る時間が少なくなってきました。
自宅に一人ですと音がないのもさびしいので、そんな時はラジオをのFMを聞いています。
 ゆっくりのんびりしたいときは、NHKのFMがいいですね。

最近の音楽は耳に入ってこないので、クラッシックか、60年代70年代の音楽だったら、つけっぱなしにしています。
波動が合うといいますか、年を取ったということでしょう。

 会社で仕事をしているときのBGMは、クラッシックがいいですね。
特にモーツアルトは邪魔になりません。

 不思議なもので、仕事に集中できます。
 会社は皆忙しく、出はらっていて現在一人で留守番状態。
つまり、会社でも一人、自宅に戻っても一人。
まったく会話をせずに暮らしています。

確かにさびしいのですが、いろいろな仕事上のトラブルもないのですからありがたいものです。
そして静かな時間というのは大切だと感じています。

今すべきこと、今後すべきことなどをじっくりと考え、自分の内面の心と向かい合って瞑想にふける時間は、肩の凝りがスーと溶けていくような心地よさを感じます。

孤独には効用もあるということです。